佐賀地方裁判所 平成8年(ル)414号 決定 1996年8月21日
主文
1 債権者の別紙請求債権目録一記載の請求債権の弁済に充てるため、同目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録一記載の債権を差し押さえる。
2 債務者は、前項より差し押さえられた債権について取立てその他の処分をしてはならない。
3 第三債務者は、第一項により差し押さえられた債権について債務者に対して弁済をしてはならない。
4 債権者のその余の申立てを却下する。
理由
第一 債権者は、請求債権及び差押債権について、別紙請求債権目録二及び別紙差押債権目録二記載のとおり、附帯請求としての損害金につき、終期を定めることなく、「支払済みに至るまで」として本件差押命令の申立てをしている。
第二 当裁判所の判断
1 民事執行法三〇条一項は、請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができるとしているが、これは、強制執行制度が即時に請求を強制的に実現する制度であることから当然に要請されることを明らかにしたものであり、この要請は、基本たる請求について充たされていれば足り、基本たる請求債権が履行期にある以上、これに附帯する遅延損害金で強制執行申立後に期限が到来するもの(以下「履行期未到来の遅延損害金」という。)についてまで絶対的に必要とする趣旨と解することはできないこと、また、民事執行法上、他に、履行期未到来の遅延損害金についての強制執行の開始を許さない趣旨の規定も存しないこと等を考慮すると、券面額で債権を移転する転付命令は別として、給料その他の継続的給付に係る金銭債権に対する強制執行についても、他の不動産執行等におけると同様に、履行期未到来の遅延損害金についても強制執行の開始を認めるべきであると解することができる。
2 しかしながら、給料その他の継続的給付に係る金銭債権に対する強制執行について、履行期未到来の遅延損害金について強制執行の開始を認めると、第三債務者は、支払の都度、その日までに発生した附帯請求に係る遅延損害金等について、自己の負担において計算をし、損害金の算出及び充当計算という一般的には慣れない複雑な計算をしなければならなくなる。(特に、差押命令が競合することになると、その過程における計算関係はさらに複雑になる)。そのため、第三債務者が請求債権額を明確に把握できずに、存在する請求債権金額を越える支払をしてしまう危険を負い、当事者間で弁済充当計算に関する紛争が生じることもある。特に、給料債権の場合、その期間が長期化することもあり得る。(本件でもその元金(一八五万七二一七円)及びその遅延損害金の割合(年三割)等からして、その恐れも多分に予想される。)ので、第三債務者が長期間にわたり、前記のような危険と煩雑さを強いられる結果にもなりかねず、第三債務者(雇用主)が推進する事務の合理化・簡素化に少なからざる影響を与えることになるとともに、債権執行の手続を円滑に実施運営することが困難にもなる。
この点、第三債務者の負担の軽減を図るために、債権者が第三債務者に対して遅延損害金を計算して請求すれば足りるとすることも考えられるが、そのような方法がとられたとしても、第三債務者は債権者の計算が正当であるか否かを検算しなければならないから、結局、第三債務者の負担の軽減を図ることになるものではない。
確かに、強制執行としての債権執行において、差押債権につき、当該第三債務者に対し、債務者への弁済を禁止し、債権者からの取立に応じる義務または供託する義務を課し、民事執行法上第三債務者に債権執行手続に協力すべき国法上の義務があるが、第三債務者は、執行申立債権者とは何ら法的関係にはなかったものであるにもかかわらず、債務者側の債務不履行という第三債務者とは関係のない事実により債権差押命令が発せられるや、否応なく債権執行に関与することを余儀なくされたものであるから、第三債務者に必要以上の負担を負わせることは極力避けるべきであり、その協力義務の内容及び限度は、差押命令によって債権者が受ける利害と第三債務者が受ける危険及び負担等とを民事執行法上も認められる利害衡平の観点に照らして定めるのが相当である。
そこで、検討するに、前記のような第三債務者の債権執行手続における立場や第三債務者の危険及び負担の程度、債権執行手続の円滑な実施・運営の要請、さらには、債権執行は債権者が自己の債権の満足を受けるための手続であり、執行による利益は債権者が享受するのであるから、債権者が債権の満足を得るためにある程度の負担を負ってもやむを得ないこと等を総合勘案すると、給料その他の継続的給付に係る金銭債権に対する強制執行については、差押債権の範囲は、差し押さえられた時点で第三債務者にとって一義的に明確になっていること、即ち、請求債権を差押命令発令日を基準とし、同日までに期限の到来した遅延損害金に限定することが最も合理的で、相当なものというべきである。(福岡高裁宮崎支部平成八年四月一九日決定等参照)。
3 このように附帯請求の範囲を差押命令発令日までに限定すると、債権者においては、債務名義に表示された債権の完全な満足を得られなくなるなどの不都合が生じることにもなるが、申立債権者とは本来的に関係のない第三債務者の犠牲において、債権者に完全な満足を得させることは公平ではなく、債権者が、給料債権という継続的給付に係る金銭債権に対する強制執行手続を選択した以上、その手続に内在する前記のような制約に服し、上記の負担を負うことになることはけだしやむを得ないものと解する。
4 民事執行規則一四五条は、同規則六〇条を準用しているが、前記のような債権執行手続の特質に照らせば、同条は、配当段階において債権者に債権計算書を提出させる旨の限度で準用しているものと解することもでき、上記解釈を否定するものとは解されない。
5 以上の次第で、本件申立中附帯請求に関しては、本件差押命令発令日までの請求に限りこれを認め、それを越える請求については失当として却下するのが相当である。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 一木泰造)
別紙<省略>